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IR担当者のためのTCFD対応;情報開示の第一歩はシナリオ分析

IR担当者のためのTCFD対応;情報開示の第一歩はシナリオ分析

IR担当者の方々におかれましては、近年『TCFD』という言葉を耳にする機会が多くなってきたのではないでしょうか。

2021年6月のコーポレートガバナンス・コード改訂により、プライム市場上場会社においては、TCFD提言に基づいた情報開示が実質的に義務化されたことをきっかけとして、各企業対応に苦慮されているのではないかと思います。

IR担当者としては、既にTCFD提言に基づいた情報開示を実践されている方もいらっしゃる一方で、ほとんどの方にとっては、日々の業務に加えて、新たに今後取り組むべきものとして、突如降って湧いてきたような途方もない課題に見えているかもしれません。

実は当社でもTCFD提言に基づいた情報開示に向けて目下取り組んでいる最中です。今回はその備忘録として、自分が担当者として取り組む上で調べた内容や経験をまとめていきたいと思います。

また、これからTCFDへの取り組みを本格的に進めていくという担当者の方向けに、TCFDの概要の簡単な説明から、どのようにして取り組むべきか、担当者レベルで理解しておくべきことを書いておきますので、ご参考になれば幸いです。

TCFDとは?企業に求められる対応は?

金融安定理事会が設立した気候関連財務情報タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)の略。

気候変動がもたらす企業に対する「リスク」及び「機会」の財務的影響を把握し、開示することを狙いとした提言。

つまり企業の気候関連情報の開示の枠組みです。

TCFDでは以下の4つの項目に沿った開示を推奨しています。

要求項目 ガバナンス 戦略 リスク管理 指標と目標
項目の詳細 気候関連のリスク及び機会に係る組織のガバナンスを開示する 気候関連のリスク及び機会が組織のビジネス・戦略・財務計画への実際の及び潜在的な影響を、重要な場合は開示する 気候関連のリスクについて組織がどのように選別・管理・評価しているかについて開示する 気候関連のリスク及び機会を評価・管理する際に使用する指標と目標を、重要な場合は開示する
推奨される開示内容 a)気候関連のリスク及び機会についての取締役会による監視体制の説明をする a)組織が選別した、短期・中期・長期の気候変動のリスク及び機会を説明する a)組織が気候関連のリスクを選別・評価するプロセスを説明する a)組織が、自らの戦略とリスク管理プロセスに即し、気候関連のリスク及び機会を評価する際に用いる指標を開示する
b)気候関連のリスク及び機会を評価・管理する上での経営者の役割を説明する b)気候関連のリスク及び機会が組織のビジネス・戦略・財務計画に及ぼす影響を説明する b)組織が気候関連のリスクを管理するプロセスを説明する b)Scope1,Scope2及び該当するScope3のGHGについて開示する
c)2℃以下シナリオを含む様々な気候関連シナリオに基づく検討を踏まえ、組織の戦略のレジリエンスについて説明する c)組織が気候関連リスクを識別・評価・管理するプロセスが組織の総合的リスク管理においてどのように統合されるかについて説明する c)組織が気候関連リスク及び機会を管理するために用いる目標、及び目標に対する実績について説明する

 出所:TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言(最終報告書)(日本語版)

 

<企業に求められていること>

気候変動がもたらす「リスク」及び「機会」の財務的影響を把握し、年次の主要な報告書(有価証券報告書)において、開示する。

・気候変動が企業にもたらすリスクに関するガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4項目について開示する。

シナリオ分析による気候変動の財務的影響など、投資家が適切な投資判断を行うための気候関連の情報開示をする。

 

TCFD提言に基づいた情報開示に取り組む意義

そもそも何故、TCFD提言に基づいた情報開示が必要なのでしょうか?

TCFDの重要性を語る上では、世界的な脱炭素化の機運の高まりを背景に、日本においても2050年にカーボンニュートラルが宣言され、脱炭素化に向けた取り組みが後押しされているということを、まずは再度認識する必要があります。

日本では、近年になってテレビCMでも「サステナビリティ」を謳う企業がよく見られるようになってきましたが、特に気候変動問題については、酸性雨や水不足などに悩む欧州を中心に、深刻な社会課題と認識されており、国はもちろん、各企業においても企業活動にその責任を負うものとされています。もはや気候変動問題への取り組みは、一昔前の「地球にやさしく、社会にとって良いことをする」などという、ある種のボランティア的な段階ではなく、逼迫したものとなっているのです。

そのような中、企業が気候変動のリスク・機会を認識し、経営戦略に織り込むことは、自然な流れと言えるでしょう。ESG投融資を行う機関投資家・金融機関もこれらを重視しており、企業やIRセクションとしても、投資家が求める情報開示に応じられず、投資先から淘汰されてしまうことは避けたいはず。ではどのように気候変動問題に関する情報開示をしていけばいいかという答えの一つが、TCFDが提言するフレームワークというわけです。

TCFDでは、気候変動に対する財務情報開示を進めていくという趣旨に賛同する機関等を公表しています。経済産業省がまとめたデータによると、2022年9月22時点で、世界全体では金融機関をはじめとする3,819の企業・機関が賛同を示し、日本では1,062の企業・機関が賛同の意を示しています。2020年頃の賛同機関数は300程度であったのに対し、直近1、2年で急増傾向にあります。日本では先に触れたような、CGコード改訂に伴いTCFDが開示の枠組みとしてのスタンダードとして重視されるようになってきているという背景が大きく影響していると考えられます。

また、TCFDへの対応は経営上のリスクの洗い出しや対策、また、機会の獲得を具体的なアクションに落とし込む上で有用な手段の一つともなり得ますので、当然ながら経営戦略上の観点からも取り組みのメリットは大いにあります。

 

担当者は具体的に何をすべきか

 

それでは、実際に担当者がやるべきことや手順について下記に記載します。各社で状況は違うかと思いますが、全体の流れの一例としてご参考にしていただければ幸いです。

 

~事前準備~

1.シナリオ分析の手順の全体理解とレベル感の把握

まずは何より自分自身が大まかにでも全体像を理解し、作業量を目算しておかなければ始まりません。自社リソースをどれだけ割くことができるのかをざっと目算しておくこと、現体制で難しそうであればコンサルティング会社等、外部の協力を得るという舵切りを見据えた段取りも必要となってくるでしょう。

 

~社内への働きかけ~

2.社内への情報共有(TCFDの全体像や対応の必要性)および経営層の理解促進

  →コンサルティング会社を利用するかの検討

  →取り組みチームの組織、連携体制の構築

1.の準備をした上で、まずは経営層にTCFD対応への意義を理解してもらうことが最優先となります。開示に当たっては、かなりの時間や工数のかかる作業が必要となりますのでコストと捉えられがちですが、今後事業を継続していく上で、必ず直面するであろう気候変動関連の諸問題に対するリスク回避や、事業機会の特定・創出を事業戦略に反映できるという点で、自社にとっての投資であるというアピールが必要となるでしょう。

また、経営層のTCFDへの理解が既にある場合とない場合のどちらにおいても、担当者はTCFD対応の推進役として、経営層と同等以上の理解が求められます。ガイドラインの参照やセミナーの受講等を通し、投資家に適切な説明ができるよう、さらに理解を深めておきましょう。内容を掴んだら、各関連部署との連携ができるよう、情報共有をすることも必要です。特に、「リスクと機会の特定」では、気候変動関連による自社への事業インパクトを自社の財務データはもちろん、過去の災害での損害結果や修繕費用等、様々な情報をもとに算出する必要があります。必要部署から人員をアサインし、チームを組織しておきます。

 

3.他社事例のインプット

同業他社の開示例をなるべく多くインプットし、参考にしましょう。先述の通り、世界のTCFD提言に基づく情報開示に賛同している機関・企業のうち、日本はその約25%以上を占める、いわばTCFD先進国ですので、参考にできる事例が比較的見つけやすいです。

 

参考事例の探し方

① 模範開示1

年金積立金管理独立行政法人(GPIF)

GPIFの国内株式運用期間が選ぶ「優れたTCFD開示」

年金運用で知られるGPIFによる2022年3月のリリースです。こちらではキリンホールディングスや三菱UFJフィナンシャル・グループをはじめとする27社が選定されています。これらの企業のTCFD開示は模範例として目を通しておくのも良いかと思います。

 

② 模範開示2

金融庁

「記載情報の開示の好事例集2021」の公表(サステナビリティ情報に関する開示)

こちらは、有価証券報告書といった開示資料への記載についての好事例をまとめたものです。最終的に作成したものを開示するにあたって、情報を届ける投資家の着目しているポイントや評価軸を知っておくのに有効です。

 

③ 同業種、同規模の開示例

気候変動問題が業界全体へもたらす影響の記載については、同業種であればそう差は出ませんので、参考になります。また、開示にかかるリソースを考えると、どの程度のものを求めるのかという議論にもなってきます。同規模の開示例はこの指標に有用です。同業種かつ同規模の開示例があれば理想的です。

 

4.シナリオ分析の手順の全体理解とレベル感の把握(どの程度の粒度で行うか)

最初に自分で検討した上記事項をチームで再検討し、方向性を決めます。チームでゼロから決めることは難しいので、最初に自分が作成しておいた検討案をベースに意見出しをしながら決めていくとスムーズです。上記で優良企業の開示例を参考すると良いとご紹介しましたが、初めての取り組みの場合、先述の通り、最初から粒度の細かい分析にはこだわらず、まずはできる範囲で開示をしていくという判断を取ることも重要です。前述の他社開示を調べる段階で、会社規模が同じくらいの他社の開示例をなるべく多く集めておくと、方向性を定めやすくなります。

 

5.TCFD推奨開示項目を自社と照らし合わせる

フレームワークに沿って自社の状況を書き出し、まず全体の把握と整理を行います。部署ごとに担当を割り振り、正確に把握します。現状対応が難しい項目は、今後の課題として別途まとめておきましょう。

 

6.シナリオを策定する(※後述)

ここからが恐らく最大のハードルになります。

4℃シナリオ、2℃シナリオなど、各状況を想定したシナリオを策定します。上記5で挙げたもののうち、重要度の高い要素を組み込みます。

リスクに関しては、自然災害による拠点への被害や原材料の高騰、気候変動問題対策に向けた新たな規制導入(カーボンプライシング等)などが一例に挙げられます。

難しい段階となりますが、シナリオ分析のポイントや参考資料について記事の最後で簡単にまとめましたので、そちらもご参照ください。

 

7.財務的影響の算定と対応策の検討

上記6のシナリオに対する財務的な影響を算出します。例えば、自然災害による拠点への被害の場合、自社の過去事例から被害額(建物や商品、営業停止にかかるコスト等)を算出することが考えられます。その上で、自社としての対応策を検討します。拠点地域の見直しや災害対策工事といった、各種対応策に加え、それにかかるコストも算出していきます。上記6および7に関しては、経営戦略とも深く関わる部分になってくるので、情報を密に共有し、しっかりと議論していく必要があります。

 

8.開示情報のとりまとめ(資料作成)

これまでの内容を、TCFD推奨開示項目に沿ってまとめていきます。上記4の通り、まずはできる範囲で開示し、〇年度を目途に段階的に拡充する等、自社の開示方針について改めてコンセンサスをとっておきます。あわせて、開示形式(HPやIR資料等)についても確認します。

 

9.社内承認

いよいよ開示に向けての最終ステップです。

各過程で経営陣と進捗状況と方針等を共有、議論しておくとスムーズです。

 

企業が最も頭を悩ませる!シナリオ分析について

先ほど、シナリオ分析の簡単な説明をしましたが、手順や内容を把握したところで、具体的にどのように取り組んでいけば良いのでしょうか。実務担当者の方々の中には、この記事を読む前に、独自に概要や他社の開示例を調べた方も多いのではないかと思います。そしてその多くの方が頭を抱えるのが「シナリオ分析」です。

シナリオ分析とは、長期的で不確実性の高い課題に対して複数のシナリオを適用し、分析することで、将来の曖昧さ・不確実性を排除した戦略立案メソッドです。TCFDでは、もともと将来の気候変動という極めて不確実な未来に対する自社のリスクや機会を論理的に説明することが求められるため、様々なケース、パターンを想定したシナリオを策定していかなければなりません。これがよく聞く「2℃シナリオ」や「1.5℃シナリオ」と呼ばれるものとなります。

TCFDでは、シナリオ分析にあたっては、下記の6つのステップを提言しています。

 

① ガバナンス整備…戦略策定やリスク管理プロセスにシナリオ分析を組み込み、関連する取締役会等の監視を行う。巻き込むべき内外のステークホルダーを特定する。

② リスク重要度の評価…市場変化・技術変化、評判、政策と法律等、様々な領域にかかるリスクを分類し、それぞれの重要度を評価する。

③ シナリオ群の定義…シナリオの選定。2℃上昇や4℃上昇など温度帯の変化や法規制の変化など、様々な将来世界シナリオから選定する。

④ 事業インパクト評価…選定したシナリオに移行した際の事業インパクトを事業コストや収益等、様々な観点から評価する。

⑤ 対応策の定義…特定し、評価したリスクに対しての対応策を定義する。

⑥ 文書化と情報開示…プロセスを文書化し、関連組織とのコミュニケーションをとる。主要な入力変数、仮定、結果、とりうる経営上の選択肢について、情報開示する準備を整える。

 

そしてこのようなシナリオ分析を実践的に行おうとする上で、企業が特に困る点は大きく5点と言われています。

 

<シナリオ分析の実践で企業が困るポイント>

① シナリオ分析は大まかに理解したものの、具体的な自社での実施プロセスがわからない。

 企業や商材ごとに、シナリオ分析実施可能なプロセスや巻き込む部署が異なり、シナリオ分析の実施のレベル感は画一的に決められない。

③ シナリオ分析実施意義と結果を、社内の経営陣に理解してもらうには労力が必要である。

④ シナリオ分析に活用可能な外部データが不足している。

⑤ シナリオ分析を高度化する方向性がわからない。

 

環境省が開示しているTCFDを活用した経営戦略立案のススメ~気候変動リスク・機会に織り込むシナリオ分析実践ガイド~ver.3.0の解説では、このような企業の悩みを解決すべく、他社の事例を交えながら解決策を提示しています。シナリオ分析に悩むフェーズに移行した際は、ぜひご参考ください。

 

まとめ

 

本記事の概要を以下のようにまとめます。

 

■TCFDとは

気候変動が企業にもたらす「リスク」及び「機会」の財務的影響の把握と開示を狙いとした提言。

・企業に求められること①:「リスク」及び「機会」の財務的影響を把握し、年次の主要な報告書(有価証券報告書)にて開示

・企業に求められること②:リスクに関するガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4項目について開示

・企業に求められること③:投資家が適切な投資判断を行うための気候関連の情報開示

 

■TCFD提言に基づいた情報開示に取り組む意義

・投資家が求める情報開示に応じ、投資先から淘汰されてしまうことを防ぐ

・経営上のリスクの洗い出しや対策、また、機会の獲得を具体的なアクションに落とし込める

 

■担当者がやるべきこと

  1. シナリオ分析の手順の全体理解とレベル感の把握
  2. 社内への情報共有(TCFDの全体像や対応の必要性)および経営層の理解促進
  3. 他社事例のインプット
  4. シナリオ分析の手順の全体理解とレベル感の把握(どの程度の粒度で行うか)
  5. TCFD推奨開示項目を自社と照らし合わせる
  6. シナリオを策定する
  7. 財務的影響の算定と対応策の検討
  8. 開示情報のとりまとめ
  9. 社内承認

 

■シナリオ分析について

・シナリオ分析とは:長期的で不確実性の高い課題に対して複数のシナリオを適用し、分析することで、将来の曖昧さ・不確実性を排除した戦略立案メソッド

・参考資料:環境省が開示している『TCFDを活用した経営戦略立案のススメ~気候変動リスク・機会に織り込むシナリオ分析実践ガイド~ver.3.0の解説

 

先述の通り、シナリオ分析に初めて取り組む企業は、最初から精度の高いものである必要はなく、実践のポイントを意識しながら着実に実施していくことが重要となりますので、今後も継続的に取り組むことを意識し、段階的に充実させる方向で実施していくのも一つの方法です。自社の取り組み状況を踏まえて検討していきましょう。

 

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