IR業務において翻訳を行う際、お悩みはありませんか?
・委託先の翻訳チェックをどの程度行うべきか?
・海外投資家が求めている資料は何か? 何から英文開示するべきなのか?
・英文開示を行うにあたって、どのような時間配分を想定しておくべきか?
・翻訳する際、資料構成は変えるべきか?
上記のようなお悩みに、この記事がお答えします。
本記事は、IR翻訳企業 株式会社エイアンドピープルの三島のどか様にご協力いただき開催した、「IR情報交換会」のレポートです。
多数のIR担当者様にお集まりいただき、「翻訳・海外IR」をテーマにディスカッションをしていただきました。
英文開示を考えているIR担当者様におすすめできる、充実した内容となりましたので、ぜひご覧ください。
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IR情報交換会の流れ
IR情報交換会では、事前に設定した議題をもとにディスカッションを行っていただきます。
今回は、翻訳企業への質問を事前に集め、それを議題としました。
- 委託先の翻訳をどの程度までチェックするべきでしょうか?
- 海外投資家から最低限求められる資料はなんですか?
- 英文資料を準備する際の時間配分はどのようなイメージですか?
- 自社で翻訳する際の注意点や工夫は? 資料構成は変えるべき?
次項より、実際に行われたディスカッションの様子をお届けします。
議題1 IR翻訳のチェック:委託先の翻訳をどの程度までチェックするべきでしょうか?
重要なのは翻訳会社との信頼関係
三島様:
翻訳会社との信頼関係やコミュニケーションがどのぐらい事前にできているか、ということが重要です。例えば、翻訳会社からどのようなアウトプットがでてくるか、事前に予測ができていますでしょうか?
具体的には、以下のようなことを事前に翻訳会社と話してみてください。
・どのような翻訳者(キャリア、IRの知識、翻訳実績、出身国)が担当しているのか
・どのようなスタイル(漏れなく完全に翻訳 or不自然な点のないネイティブのような翻訳)で仕上げてほしいと翻訳者に伝えているか
翻訳用の参考資料の共有にも配慮を
・用語集
翻訳した後の用語統一においては用語集の共有が非常に大切です。
用語集は自社内で作成するのは難しいかもしれません。依頼先の翻訳会社で作成されているか、あるいは作成を依頼できるかどうかを確認しておくのが必要だと思います。
・スタイルガイド
翻訳を依頼する企業側が希望するスタイルについてまとめた資料があると、アウトプットの予測がしやすくなります。
長くなりがちな日本語の文章をそのまま英語にすると、ボリュームがさらに増え、読み手にとって優しくない、理解しづらい文章になってしまいがちです。そのため、一文当たりの長さや、一文を二文に分けても良いかどうか、受動態ではなく能動態を使用すること、結論から述べることなどをスタイルガイドに載せていただければ効果的です。
・その他
ある資料を翻訳する際に参照しなければならない別の資料があるのであれば、その共有もしておきましょう。例えば過去のリリース内容を含めて作成された決算短信です。特定の用語を訳す際、統合報告書やファクトブックと統一してほしいのであれば、その旨をお伝えください。事業部名が変わったケースも最近多いですね。
この共有をしっかりとしていただければ用語のブレを防げます。納品後に首をかしげてしまうような品質にもならないでしょう。
決算関連資料における優先事項について考える
特に決算短信や決算説明会資料は時間との勝負です。日本語版がアップロードされた後、英語版の資料がアップロードされるのにどのくらい時間がかかるのか。海外投資家はこの点に不満を抱いていますので、やはり時間、スピードは最優先にしたいところです。
そういう意味では、多少の言い回しの違いに関しては目をつむっていただくほうが良いのかと思うこともあります。読みやすさの観点では用語を変えた方が読みやすいこともありますし、同じことを伝えるからといって、必ずしも同じ単語を使わなければならないというルールは、正直なところないかなと思います。
参加者コメント:
ありがとうございます。すごく参考になりました。IR担当しているチームにはネイティブ並に英語ができる人間がいないので、(翻訳を外注して納品してもらった後に)別部門の役員に確認してもらっています。その役員にとって自然な言い回しになるように修正したり……、というチェックのやり方になってるので、今後は用語や整合性に気を付けるべきところを中心にチーム内で見ていく方がいいのかなと感じました。ありがとうございます。
議題2 海外投資家の求める情報:最低限求められる資料はなんですか?
三島様:
決算補足説明資料は翻訳していますが、決算短信、有価証券報告書、統合報告書は翻訳していないです。海外投資家が最低限求めている資料は何ですか?
皆さんもご覧になったかと思いますが、東証が英文開示に関する海外投資家アンケートを調査されていらっしゃいまして、その結果から抜粋したいと思います。
・約6割の海外投資家が日英文書の情報量の差異や開示タイミングなどに対して不満を抱いている。
・IR説明会資料、有価証券報告書、統合報告書の機械翻訳は困難
という評価になっています。
これにより、以下の影響が確認されています。
・英文開示の不十分さが、対話や議決権行使の阻害要因になっている。
・評価のディスカウントや投資対象からの除外など投資行動に影響を及ぼしている。
英文開示を必須または必要とする資料として、決算短信、説明会資料、適時開示資料、有価証券報告書と回答した割合が7割超。そして最近はESG情報の重要性が高まっています。
こちらは、大和総研さんの資料の抜粋でプライム市場とスタンダード市場での英文資料開示状況を示したものです。
プライム市場の英文開示状況
開示割合が高いのはやはり決算短信です。明確に「英文開示なし」と回答しているのは26%。そのほかの74%の企業は開示をしている、あるいは開示を予定しています。
このほか、招集通知やIR説明会資料も過半数を超えていますね。
開示割合が低いのはガバナンス報告書や有価証券報告書。私の感覚では、ガバナンス報告書はここ2~3年で件数が増えてきているようですが、有価証券報告書はいまだに少ないという印象を持っています。
スタンダード市場の英文開示状況
プライム市場と比べると、やはりスタンダード市場の英文開示量は多くありません。
必須の資料はなんですか? という質問を良く受けますが、やはり決算短信、IR説明会資料、適時開示資料が挙げられます。
こちらも、東証の資料からの抜粋です。
統合報告書について
司会コメント:こちらの資料にはありませんが、統合報告書を翻訳したご経験のある参加者がいらっしゃるかと思いますので、当時のご経験をお話しいただけますでしょうか?
参加者コメント:
私たちは3年前から統合報告書を作成しています。過去に2回、外部の会社に委託して翻訳をしました。
過去2回依頼をしたうち1社は非常に高額で、そこまでして作る必要があるかという意見まで出たこともありましたね。
また、内容についても直訳すぎてわかりづらいと、発行後に事業部の人間から指摘を受けたことがあります。
こうしたことがあって、社内でのチェック体制が十分ではないと思っていまして、業者選びも含めて見直したいと思っています。
三島様:
統合報告書は文字数が非常に多く、費用もそれだけ高くなってしまいます。そのためアウトプットが思ったものではなかった時の代償が大きいと思います。ですので、先ほどお話しした翻訳会社との信頼関係や資料の共有が重要になってきます。
統合報告書の翻訳は短納期のものが多いです。例えば5月に決算発表、6月に株主総会というスケジュールであれば、5~6月に原稿をいただいて夏までに終わらせるイメージになります。
IRの資料自体、全体的に納期は厳しいものなのですが、統合報告書の場合、3万文字、4万文字と分量があるのでけっこう大変なスケジュールになってしまいます。かといって英語版統合報告書の公開が遅くなってしまうとタイムリーに読んでいただけなくなってしまうのですが……。特にメッセージ性の強いCEO、CFO、CTOメッセージは戻しが多く、時間がかかってしまう印象があります。
このことからも、やはり事前の準備はすごく重要になるかと思います。
議題3 英文資料準備の時間配分:スタートは約1ヵ月前
三島様:
準備段階に部内で分担を行うにあたって、コツなどアドバイスはないでしょうか、というご質問をいただきました。
これには、日英同時開示の量が関係します。東証の資料の抜粋によると、決算短信は55.5%、適時開示は71%、招集通知は70.7%が同時開示を行っています。
エイアンドピープル社とお取引がある企業の中から、どのような時間軸で動いているか一例をご紹介します。
決算発表約1か月前:次回決算の予定について連絡を開始
同時開示かどうかは関係なく、約1か月前から次回決算の予定についてお客様と連絡を開始します。日程感、ボリューム、過去からの変更点。用語の変更点。希望の翻訳者は誰か。ちなみに、リピーターのお客様が多いため、前回と同じ翻訳者をアサインすることが多いです。
決算発表約10日前:第一稿を受領 → 翻訳(第二稿で大幅な修正が入るときは納品せず)
決算発表約7日前:第二稿を受領 → 翻訳
決算発表約3日前:第三稿を受領 → 翻訳
第三稿を受領した後は、二日前から当日まで、ご承認をいただくまでは翻訳者をスタンバイさせておきつつ、決算発表当日の午前中に最終確認をし、校了&アップロードという流れです。日英同時開示はやはりかなり大変です(笑)。
上場企業様側もチームの人数によっては大変かと思いますので、ご検討するには、なかなか思い切りが必要なのかな、という印象はあります。
参加者Aコメント:
私の会社のIR担当者は私一人でして、英語が得意な広報担当の課長級と連携して翻訳しています。ただ、とても同時開示まではできなくて……。訂正情報以外の決算短信の内容を数日後に会社ホームページにアップロードしているくらいです。
あとは、招集通知と参考書類のうち、議案が毎年それほど変わらない剰余金処分と役員の選任ですね。前年のものをベースに社内でやっています。非定例的なものがある場合は招集通知制作会社にお願いしていますが、当日アップロードできていないのが実情です。
三島さんのお話を聞いている中で、同時開示を自分でやるとなると大変だなと感じました。
決算説明資料の作成を行っていますと、15時の適時開示に対して10時や11時に直しの指示が取締役から入ったり、あるいは内部で改めて間違いを気づいたりということがありまして、この調子では同時開示は厳しいと改めて思い至りました。
英文開示についてお伺いしたいのですが、日本語で開示をした後、最低でも何営業日後くらいに完了するべきなのでしょうか?
三島様:
そのご質問はよくいただくのですが、やはりできるだけ早く、というお答えになってしまいます。ただ、決算短信のサマリーと財務諸表部分を社内で翻訳し同時開示、その他のページを一週間後にアップロード、という対策をとられる企業もいらっしゃいます。
投資家との面談予定が入っているのであれば、それがデッドラインになると思います。海外投資家は英語の資料が用意されていないと軽視されている印象を受ける、と通訳者から聞いたこともありますので。

参加者Bコメント:
弊社は日本語開示から4週間後に英文開示を行っており、タイムラグが大きいのですが、本日ご参加している皆さんの開示までの期間はどのくらいでしょうか?
参加者Cコメント:
弊社の場合、決算短信と説明資料、あとはグロース市場なので成長可能性資料です。
本当にバタバタしながら、翻訳企業にお願いし、なんとか同時開示しています。
説明資料を10日前くらいから3~4日かけて翻訳していただくのですが、どうしても役員の意向が最後まで入ってきてしまうので、固まっている箇所だけ先に翻訳してもらうようなやり方をとっています。あとは、最終的に少し変わってしまったところは自社チームで差し替えています。部分的に妥協しながらやっていくのが一番いいのかなと思っています。
参加者Bコメント:
何名で対応していますか?
参加者Cコメント:経営企画のスタッフに意見をもらいつつ、基本的には私一人でやっています。チームが大きくなりすぎると意見がたくさん出てきてしまって、摺合せに時間がかかるかもしれません。一人だから柔軟にやれているところはあると思います。
参加者Bコメント:
今、弊社はどういう体制で翻訳していこうか悩んでいるところです。現在は内製で、AI翻訳の後に外国人スタッフがチェックして開示しています。どうしても4週間かかってしまって、外注しようか考えていました。経営企画の私がIRを兼務していまして、なかなか手が回っていない状況です。
三島様:
外注をしていただければ、四週間から二週間くらいには縮められるのではないかと思います。
参加者Dコメント:
英文資料は、自社サイトのみではなくTDnetにもアップロードしたほうが好ましいのでしょうか?
三島様:
TDnetが良いかどうかは議論があるところなんですが、TDnet経由で情報収集できるようなサービスもありますので、ひとつのツールとして使っていただくのがいいのではないかと思います。特に適時開示などは、わざわざ企業サイトまで見に行く投資家さんがどれほどいるかという話になりますので。
各社の翻訳にかける予算は約100万円
参加者コメントE:
ところで、英文資料をいろいろと開示するとコストがかかると思います。四半期ごとに決算資料を翻訳するだけでも100万円近くになるかという印象で、海外投資家との面談があまり多くない現状だと、費用が無駄になっていないかと心配になるのですが、予算面では皆さんいかがですか?
参加者コメントF:
予算は100万円ほどです。第2四半期、第4四半期はボリュームが増えて20~30万円ほど上がってしまいますが、第1四半期、第3四半期の、ある程度できあがっている短い補足説明資料なら5~6万円で収まる印象です。たまにIR面談の通訳を入れて、この予算におさまっているかと思います。
三島様:
説明会資料の金額感としては、やはりそんなところかと思います。急ぎ対応の場合は料金が増えることになりますね。
ちなみに、統合報告書だと数百万円くらいになると思います。適時開示の場合、A4版が1~2枚で1~2万円、通訳は1回あたり10万円以下というイメージです。
議題4 自社でIR翻訳をするときの注意点:文章の工夫は? 資料構成は変えるべき?
三島様:
翻訳の際に直訳にしてしまうと、ニュアンスが伝わらないことがあります。最悪の場合は誤解されてしまうことも。
特に日本語は遠回しに表現したり控えめに書いたりすることがあります。受動態で話してしまうと、主語がなく誰がその行動をとったかわからないため、責任転嫁をしている、リーダーシップに欠けるというとらえ方をされるかもしれません。あるいは、何かを隠してるのではないかと思われてしまう可能性もあります。受動態ではなく能動態を使う、というのはひとつのポイントです。
それ以外にも、日本語の段階で短い文章になるよう気を遣っておくのが良いと思います。文章が長いと最初と最後でロジックが合わなくなったり、言いたいことがぼやけることがあります。
また、情報の公平性という観点から、日本語と英語で構成を変えることはおすすめしません。東証のアンケートの結果の通り、投資家の不満のひとつは情報量です。別のセミナーで「海外投資家に見てほしいところを抜粋してホームページにアップロードするのはどうでしょうか」と質問をいただいたこともあるのですが、公平になるよう配慮をしていただくのがよろしいと思います。
誤解なく英文開示をするために、プレイン・ランゲージで文章を作成する
三島様:
1990年代にアメリカの証券取引委員会が各企業に対して使用を推奨したのが「プレイン・ランゲージ」です。
読み手が必要とする情報を容易に、
・見つけることができ
・理解することができ
・活用することができる
『読み手』を中心に考えた言語のスタイルです。
エイアンドピープル社は、このプレイン・ランゲージを用いて翻訳や日本語の文章を作成することをセミナーなどでお話ししています。
アメリカで発行されたガイドラインによれば、プレイン・ランゲージには九つの重要なポイントが存在します。
その中でも特に気を付けていただきたいのは三点です。
・結論を先頭に
・文は短く、一文一意に
・受動態ではなく能動態を使用する
これを抑えていただくと、ポイントがずれることなく伝わりやすくなります。
翻訳するときだけではなく、社員を鼓舞するようなときにもプレイン・ランゲージは効果を発揮しますので、ぜひ意識してみてください。
プレイン・ランゲージの詳細はこちらでご紹介しています。
最後に:ご参加希望の場合はご連絡を
IRコミュニティ運営のストックウェザー株式会社では、定期的にIR情報交換会を開催しています。
今回のようにゲストをお呼びして交流していただくこともあれば、IR担当者だけを集めてお話ししていただくこともございます。
今後も開催してまいりますので、ぜひご参加ください。基本的には参加費をいただいておりません。
コロナ禍の状況次第では、オンラインではなくリアル開催も考えています。
ご参加希望の聴取はIRコミュニティ運営が所持しているメーリングリストに基づいて行っております。これまでに連絡をもらったことがない方で参加してみたいとお考えの場合は、企業名、お名前、連絡先をご記載の上、お問い合わせフォームよりご連絡ください。
※セキュリティの関係でお問い合わせフォームからメールを送れない場合、運営会社ホームページをご覧いただき、電話等でご連絡いただければ対応いたします。
このほかのIR情報交換会の様子についてはこちらをご覧ください。