2021年6月に産業競争力強化法が改正され、会社法の特例として「場所の定めのない株主総会」、いわゆるバーチャルオンリー株主総会が可能になりました。
いまやリモートワークも珍しくありませんが、バーチャルオンリー株主総会が一般的な株主総会となるのも遠い将来のことではないかもしれません。
では、実際にオンラインで株主総会をやってみたらどうなるのか?
リアル開催との違いは?
準備の手間は? 安くなるのか?
デジタルデバイスを使いこなせない方にはどう配慮するのか?
こうした疑問点にこの記事はお答えします。
実際にバーチャルオンリーでの株主総会を実施したfreee社様にインタビューを行いました。今回、株主総会の運営を担当した同社のコーポレートガバナンス室室長の林慶彦さん、 廣瀨史昂さんにお話しを伺ったので、開催をお考えの方はぜひ読んでみてください。
バーチャルオンリー株主総会の開催が、会社・株主にとって本当に良い株主総会とは何かを考えるチャンスとなった
―本日はお時間いただきありがとうございます。バーチャルオンリー株主総会を開催してみていかがでしたか?
やって良かったと考えています。
まず、法改正により、株主総会運営に関して、完全オンラインという選択肢が増えたことは良いことだと考えていました。
バーチャルオンリーにしたことによって、従来の株主総会の実務にとらわれすぎず、「オンラインで参加したほうがリアル出席するよりも良い」と株主様に思っていただけそうな総会を目指すことができました。例えば、バーチャル背景との合成を使用する、というのもその一つです。
合成を使用した株主総会の様子
これはハイブリッド開催(リアルとオンラインの両方で開催)では使えませんので、本当に分かりやすい株主総会をゼロベースで考える良い機会だったかな、と感じています。
一方で「この株主総会そのものが本当に良かったか」については、実際に出席した株主様や、こうした記事をご覧になる方々を含めて、世の中が時間をかけて判断することだと思っています。
―これまでの株主総会について、以前から課題を感じていたのでしょうか?
もともとの株主総会が必ずしも良いものではない、という課題感はありました。おそらく、株主総会を運営している人はみなさん同様に感じていらっしゃるかなと思います。
例えば、通常の株主総会ではハガキやインターネットで事前投票をしていただいていますので、議案が通るかどうか、雌雄は前日に決していることがほとんどなんです。だけれども、わざわざ会議をして、役員を全員そろえて、と、会社としてはコストをかけていてやっていまして、そもそも本当に会議としてやる必要があるのかと(法律上の義務なので必須ではあるものの)、素朴な疑問も含めて、課題はもともと感じていました。
コロナ禍が生んだ、「オンラインのほうが良い」という視点
ただ、今回のような合成を使った株主総会の姿を最初から考えていたかというと、そういうわけではありません。
新型コロナウイルスが流行ったことで、freeeでは2020年3月から在宅勤務対応に舵を切りました。
これにより会社を挙げて「いかにオンラインでコミュニケーションをとるか」に真剣になって取り組むことになりまして、なかには「オンラインのほうがわかりやすいのではないか」というイベントの発見につながりました。
例えば新入社員紹介ですね。リアル会場での全社集会では、遠くから見ていると人の姿が小さく見えてわかりにくいですが、事前に録画しておけばPCの画面に大きく映せるようになりますし、言葉を整理して話せるようにもなります。短い尺でその人のことがちゃんと伝わるようになるんです。
こうした経験から、オンラインのほうがうまくコミュニケーションをとれることもあるのかと思い、株主総会での挑戦に繋がりました。
バーチャルオンリー株主総会の利点と注意点
―バーチャルオンリー株主総会において具体的に良かった点はなんでしょうか?
参加する場所によらず、皆様が同じ情報量を得ることができた点は良かったと考えています。
また、新型コロナウイルス感染症の拡大は落ち着いているとはいえ、ハイブリッド開催よりも感染症対策を徹底できる点もメリットと言えます。
また、課題はあるものの、デジタルに投票をカウントできる点については、今後の株主総会で重宝される可能性を感じました。リアル会場では拍手や挙手で意思表示をしてもらっているんですが、あらかじめどちらが多数かわかっているので、多くの株主総会では、厳密に当日票をカウントしているわけではないんです。オンラインならカウントが可能ですので、きちんと多数決をとりたい特殊な株主総会では良いなと感じました。
―開催してみて重要だったと感じたことや、課題と感じたことはありますか?
実務を知っているベンダーさんと取り組むのが大事かと思います。
当日までにはなんとかなりましたが、想定していなかった問題が直前に出てくるということがありましたね。
また、法規対応を重視するあまり株主様にとって使いづらいUIになっていないか、という観点も必要になってくるかなと思います。
総じて、システム会社さんと発行会社の相互理解や、株主総会に対する考え方などをしっかりすり合わせることが重要になってくる感じました。
この点、誰が良い悪いという話ではありません。バーチャルオンリー総会という新たな実務でもあるので、ベンダーさんだけではなくfreeeにも理解の浅いところがあったかと思います。
前例が少なく、「ここまでやれば安心できる」という実務上のコンセンサスもないので、1つ1つの判断に責任が伴うというのも大きな課題です。
例えば、質問をテキストで受け付ける入力フォームをいつオープンしていつクローズするか。会社法上、株主様の質問受付を開始できる時間について明確に定められていませんが、常に質問の受付ができてしまうと総会開会前に質問をしてくる人もいるかもしれない。当日の開会前になされた質問を総会中に議長が取り上げることは、会社法上問題はないのか。
その他にも、このような細かい論点がかなりの量ありまして、対応が難しかったですね。
リアル開催との違いは? 合成を利用し、バーチャルオンリーならではの見せ方に挑戦
―リアル会場での開催とバーチャルオンリーでの開催の違いはどんなところでしょうか?
一つ目はバーチャル背景との合成を利用するなど、会社ごとの個性を出したバーチャルならではの株主総会への挑戦が可能となること。
二つ目は事前質問を受け付けやすくなった点。これはバーチャルオンリーでしか実現できないわけではありませんが、動画配信システムと同一のシステムを利用すれば良かったので、専用のフォームを作る必要もなく実施できました。
三つ目は、株主総会のシナリオ(議長が読み上げる原稿)を抜本的に変えることができた点です。
最も大きく変えたのはQ&A(質疑応答)セッションです。ハイブリッドを含む、一般的な株主総会では、役員がずらりと並び、議長が議長席に着き、質問に対して適宜回答者を振る、という運用になっていると思います。freeeでは代表、CFO、広報の社員、この三人だけが画面に映り、Tシャツ・ジーンズ姿でハイチェアに座っている、というカジュアルな見せ方に挑戦しました。
テキストとして届いた株主様からの質問について、広報の社員に質問を読み上げてもらい、役員がそれに回答する形で進行しています。これ自体はリアル開催でもできるのですが、その場合は他の役員の配置などを検討する必要もあり、画面の映り方にをフォーカスできるバーチャルオンリー株主総会ならではの演出とも言えそうです。思い切ったシナリオに挑戦できるのはバーチャルオンリーの良いところかと感じています。
バーチャルオンリー株主総会の費用感
―リアル開催と比較して、コスト面はいかがでしょうか?
freeeは自社会場を使用していたので、会場費用の削減はありませんでした。配信に関するシステム会社さんへの支払いが発生したので、全体としては微増でした。
ただし、当日の社員の動員など、会社全体の人的コストまで含めると軽くなった部分もあります。
リアル開催の場合、受付、検温、クレーム対応など、多くの社員を動員しなければなりませんが、それが不要でした。
会場を借りて総会を実施している会社さんは多いと思いますので、その場合は、費用は大きく下がるのではないでしょうか。
開催の”軸”は感染症対策。最も安全な株主総会を実現
―ご高齢の株主でも問題はなさそうでしたか? 視聴室などは用意しましたか?
株主の年齢は、株主名簿に記載されていないため把握していないのですが、freeeはクラウドでサービスを提供する会社ですので、投資をしてくださっている方々はオンラインでの株主総会にも理解があるのではないかと思っています。
また、視聴室に関しては用意していませんでした。理由は感染対策の徹底のためです。
―投資家の理解が背景にあったからこそ、バーチャルオンリー株主総会に踏み切れたのでしょうか?
もちろんfreeeの株主様にご理解いただけるだろうと考えたことは開催の背景にありますが、一番の理由は感染症対策です。前例がないとか、困難だからという理由で思考停止せずに、最も安全な形式で実施しようと考えたのが出発点です。
バーチャルオンリー株主総会開催の準備期間と準備事項
―準備期間はどれほどとられましたか?
4月からですので、半年です。バーチャルオンリーにするかしないかとか、役員報酬とかも含めた全体としての話ですが、実際のところ9カ月くらいは準備期間が欲しいなと感じています。
―必要な準備はどのようなものでしょうか?
経済産業省・法務省の「確認」手続を経ることが必要です。実務的には、経済産業省を窓口に事前調整を行なったうえ、両省に対して「確認申請」を行います。
また、配信をどうするか、とか、障害時の対策も必須です。
通信障害対策としてマニュアルを用意しなければいけませんので、対応をパターン分けして作成しました。当日、最初から配信ができないケースと、途中で配信がストップしてしまうケースです。
例えば、配信不能だと考えた場合、議長にどう伝えるのか、弁護士にも尋ねるのか。中止したことを株主様に伝える場合、どのように伝えるのか。伝えるときの担当者は誰で、パターンに応じてどの書類を使用するか、どこにお知らせを出すか。そうしたことをロジックツリーにまとめ、いつ、だれが、何をするか、誰がどんな権限を持つか、といったことをマニュアルに落とし込みました。
幸い、このマニュアルの出番はありませんでした。株主総会の仕事では努力の結晶が日の目を見ないことも多いですね。
招集通知に書く内容も悩みました。「場所の定めはありません」と書くわけにもいきませんし、通知の裏に記載していた地図も不要になりました。全国株懇連合会が公開している雛形を参照しつつも、株主様にとってわかりやすい表現を当社なりに追求しました。
―ベンダーを選んだ理由はなんでしょうか?
熱量です。
株主総会を良くしたい、わかりやすくしたいという共感がありました。
あとは、高度な技術が要求される事業領域を持つ企業様でしたので、セキュリティ面を含めて高い技術力もお持ちだろうと判断しました。
今後はバーチャルオンリー株主総会の「共通認識」が必要
―開催してみて、改善が必要と感じたところはありますか?
会社法に基づいたバーチャルオンリー株主総会の事例がないものですから、会社、弁護士の先生、配信会社によって認識がバラバラだと思います。そのため共通認識を作っていかなければいけないと思っています。
ゼロから考えるのはやはりコストがかかりますし、ハードルも上がるんですよね。例えば招集通知については株懇がひな形を作ってくれていますが、シナリオのひな形はありませんし、「プラットフォーム上での質問受付の開始は何時からが望ましい」という情報もありません。
弁護士の先生の論文や書籍が来年に向けて出てくると思いますが、「この通りにやっていれば安全」というガイドラインがなければ、なかなかやりづらいと思います。なので、多くの会社に関心を寄せてもらえるように、実績を積み上げていく必要があるかなと思います。
―次回以降もバーチャルオンリー株主総会を開催したいですか?
検討中です。
感染症も落ち着き始めているので、本当にバーチャルオンリー株主総会が良いのか、わかりやすい株主総会は何かという観点からゼロベースで議論しなければいけませんね。
バーチャルオンリー株主総会開催を経験して
―参加株主からの意見はありましたか?
機関投資家からもフィードバックをいただいていまして、「全体として新しい取り組みは良いことだ」という評価をもらいましたが、一方で、操作のしやすさ、動画配信の安定性に対してはさらなる改善を望んでいるとの意見もいただきました。このあたりは視聴者のPCや視聴環境の問題なのか、それとも配信会社やfreeeの問題なのか、原因は判然としませんが、今後の課題として考えています。
―今後バーチャルオンリー株主総会を開催した企業様にむけて、一言お願いします。
現在、株主総会の常識とされている事項も、先人たちの成功と失敗の積み重ねです。
株主総会はミスの許されない業務ですが、新しいことに挑戦する企業様があれば、我々も可能な限り情報交換をさせていただき、日本の株主総会が企業と株主様双方にとってよりよいものになるよう微力ながら取り組んで行きたいと考えています。
まとめ
freee様のバーチャルオンリー株主総会について、インタビューの形式でお伝えしました。
バーチャルオンリー株主総会の開催を検討している企業にとって、参考になる情報が多数あったと思います。
利点については以下のように多数存在します。
- 配信動画にバーチャル合成技術を利用するなど、各社の個性を出しつつ、まったく新しい株主総会に挑戦できる
- 感染対策の徹底が可能
- 従来会場を借りて開催していた企業様の場合、コスト低下が予想される
一方で、前例が少ないことや、マニュアルの準備などバーチャルオンリー株主総会ならではの悩みもあるようです。
自社の状況を確認し、本当にバーチャルオンリー株主総会を実施するべきかどうか、検討してみると良いのではないでしょうか。
なお、IRコミュニティでは他にも2社にインタビューしていますので、参考にお読みください。