東証再編まで半年を切り、自社が属する新市場を選ぶ期限(2021年12月)が目前に迫ってきました。
特に、東証一部上場企業でプライム市場に残れない可能性がある企業は、「新市場区分の上場維持基準の適合に向けた計画書」の作成に追われていることでしょう。
今回はそのような企業の取り組み事例を中心に、東証二部、JASDAQ、マザーズ市場の企業も東証再編に当たって新たに取り組まなければならない事項を整理しました。
東証再編の影響があまりない企業のIR担当者であっても、外部環境の急激な変化により、対応が必要になるかもしれません。
是非、当記事を一読してIR業務の幅を広げて頂ければと思います。
東証の市場再編に関してもっと基本的な点から学ぶ場合は、こちらの記事をご参照ください。
市場再編で自社の市場区分が変わる!?
新聞やビジネス誌でも取り上げられている通り、市場再編によって自社の市場区分が従来の市場区分から変わってしまう企業もたくさんあります。
2021年6月末時点では、プライム基準を満たしていない東証1部上場企業は664社(全2,191社)あるようです。
まず初めに市場再編後の上場維持基準について確認しましょう。
プライム | スタンダード | グロース | |
株主数 | 800人以上 | 400人以上 | 150人以上 |
時価総額 | – | – | 上場10年経過後40億円以上 |
流通株式数 | 20,000単位以上 | 2,000単位以上 | 1,000単位以上 |
流通株式比率 | 35%以上 | 25%以上 | 25%以上 |
流通株式時価訴額 | 100億円以上 | 10億円以上 | 5億円以上 |
売買高 | – | 10単位以上/月平均 | 10単位以上/月平均 |
売買代金 | 0.2億円以上/1日平均 | – | – |
純資産 | 正 | 正 | 正 |
市場区分の見直しに向けた上場制度の整備に伴う 有価証券上場規程等の一部改正について (第二次制度改正事項)より編集
※詳細は、有価証券上場規程等をご覧ください。
皆様の会社は如何でしょうか。
どの市場に行くかは、役職員のモチベーションや採用活動にも影響しますし、株式市場ではTOPIXに組み込まれるか否かも注目ポイントです。
機関投資家はプライム市場当落線上の企業はもちろんのこと、東証一部上場企業以外でプライム市場の新規上場基準を満たしている企業にも関心を向けています。
そして、一番の注目ポイントは「上場維持基準への適合に向けた計画書」であり、東証は2022年1月11日に新市場区分の上場先を公表する予定です。
影響大!東証一部上場企業の取り組み
東証一部上場企業の影響から取り組みについてです。
プライム市場に残れない影響とは
改めて、東証一部上場企業がプライム市場に残れない場合のデメリットは次のとおり。
- TOPIXから外れることによる株価下落、流動性の低下
- 「格下げ」と捉えられることによるブランド価値低下
- 採用活動へのマイナス影響
- 持ち合い株解消施策を実施した場合、取引先維持コストの増加
- プライム市場に比べてエクイティファイナンス規模低下の恐れ
- 機関投資家の減少と個人投資家の増加という投資家層の変化(プラスマイナス両面あり)
- プライム市場以外の市場からプライム市場を目指す場合、再度上場審査が必要
デメリット大きいですね。
幸いにも経過措置が認められておりますので、多くの会社はこの経過措置を適用するでしょう。
一方で、証券会社や銀行からはこの機会に上場している意義を見直し、非上場化の相談も増えていると聞いています。
会社として何が大切か、ステークホルダーにとって何が最善の選択か、非常に大きな問いが投げかけられています。
(なお、非上場化の話はこの記事では触れません。)
上場維持基準への適合に向けた計画書の内容を調査
さて、プライム市場に残るための経過措置を選択した企業、つまり「上場維持基準への適合に向けた計画書」を提出した企業はどのような開示を行っているでしょうか。
特に未達が多い基準については以下のとおりです。
※IR Bankにて 「上場・市場変更」に関する開示資料から調査
流通株式時価総額が未達(100億円未満)の場合
- 中期経営計画の公表(業績、M&A可能性など)
- IR活動の充実
- 持ち合い株解消
- 株式の無償割当
- 株主還元の充実(配当性向、配当利回り、株主優待、自社株買いなど
流通株式比率が未達(35%未満)の場合
- 持ち合い株の解消
- 自己株式の消却
- 売出しや立会外分売、新株発行など
- 持ち株会からの放出
売買代金が未達(2億円未満/1日平均)の場合
- 株主還元の充実(株主優待含む)
- IR活動の強化
- 認知度向上
- 株式分割
- 持ち合い株の解消
このような開示情報を収集するには、TDnetを活用するのも手ですが、TDnetは1か月分のデータしか見れません。
私のオススメはIR Bankです。
1か月以上前の適時開示も検索可能ですので、ぜひご活用ください。
中期経営計画を発表した企業が多い!
さて、計画書を公表と合わせて中期経営計画を発表している企業が多かったのは特徴的です。
これまで中期経営計画を発表してこなかったが、今回、初めて公表したという企業も多いのではないでしょうか。
やはり、将来性が評価されていないから、「株価が低迷」「売買代金が伸びない」状態になっている。
将来の方向性について示すことの重要性を改めて認識したものと思われます。
外部環境の影響が大きかったり、新技術・新製品を柱とする企業では、将来を展望することは難しいですが、何かしら情報を発信しないことには株主との対話は始まりません。
今回、プライム市場からの脱落を免れた企業も、中期経営計画に上場維持方針を入れておいたほうがIR的にはプラスです。
改訂コーポレートガバナンス・コードへの対応
さらにプライム市場上場企業には改訂コーポレートガバナンス・コードにおいて、特別に求められる以下のコードがあります。こちらの対応も必要になります。
- 議決権電子プラットフォームの使用
- 開示書類の英文開示
- 気候変動に関する情報開示の充実
- 3分の1以上の独立社外取締役の確保
- 支配株主を有する場合は過半数の独立社外取締役の確保または特別委員会の設置
- 指名・報酬委員会の構成メンバーの過半数を独立社外取締役とすること
東証二部/JASDAQスタンダード上場企業の取り組み
東証二部/JASDAQ企業の取り組みについてです。
改訂コーポレートガバナンス・コードへの対応は必要!
市場再編の影響を大きく受けないと思われている東証2部上場企業やJASDAQスタンダード上場企業も、改訂コーポレートガバナンス・コードへの対応は必要です。
特に東証一部へのステップアップを目指していた企業は、プライム市場上場企業向けのコード(「2.影響大!東証一部上場企業の取り組み」参照)も意識して取り組む必要があるでしょう。
改訂コーポレートガバナンス・コード追加対応
- サステナビリティに関する基本的な方針の策定
- サステナビリティに関する自社の取り組みの開示
- 多様性に関する考え方と測定可能な目標の開示
- 支配株主を有する場合は、3分の1以上の独立社外取締役の確保
- 取締役のスキル・マトリックスの開示
- 独立社外取締役への経営経験の要請
- 事業ポートフォリオに関する基本的な方針と見直し状況の開示
気候変動対策にも対応できるように
気候変動対策は主にプライム市場向けと考えられがちですが、2021年の大きなトピックであり、この傾向は数年続きそうです。
ということは、次回のコード改訂ではスタンダード市場上場企業にも対応が求められるかもしれないので、今のうちから情報収集しておきましょう。
最近では非化石証書の取得にかかる費用を電気代に上乗せしない売電業者も出てきておりますので、自社ビル、自社工場など、小さな一歩を踏み出すことから始められるのではないでしょうか。
マザーズ/JASDAQグロース上場企業の取り組み
マザーズ/JASDAQ企業の取り組みについてです。
「事業計画及び成長可能性に関する事項」の提出に注意点が
マザーズ/JASDAQグロース上場企業は、グロース市場へ移行することが多いと思います。
改訂コーポレートガバナンス・コードについてもグロース市場上場企業は全適用する必要がなく、従来通り原則のみの適用であり、原則は改訂しておりませんので特別な対応は不要です。
新しく対応が必要になるのは「事業計画及び成長可能性に関する事項」です。
既に2021年年初から東証にドラフトの提出を求められているかと思いますので、2021年12月末までにブラッシュアップしたものを提出するだけかと思います。
しかし、マザーズ企業ではIPO時以外では求められていなかった「成長可能性」について、1年に1度以上の公表が求められていることから、「成長可能性」に陰りが見えてきていた企業は成長機会を常に模索する必要があります。
記載内容も細かく規定され、従来より自由度が低くなっている点も要注意です。
遠のいた上場のステップアップ
マザーズ上場企業にとって一番影響が大きいのは、東証一部に比べてプライム市場へのステップアップが格段に難しくなったことではないでしょうか。
主な差異は次のとおり。
マザーズ→東証一部 (2020年10月31日以前) |
マザーズ→東証一部・プライム (2020年11月1日以降) |
|
時価総額 | 40億円以上 | 250億円以上 |
流通時価総額 | 100億円以上 | 20億円以上 |
利益 | 最近2年間の利益の額の総額が5億円以上 | 最近2年間における利益の額の総額が25億円以上 |
売上高と時価総額 | 最近1年間の売上高が100億円以上 かつ 時価総額が500億円以上 | 最近1年間の売上高が100億円以上 かつ 時価総額が1,000億円以上 |
資本市場を通じた資金供給機能向上のための上場制度の見直しに係る 有価証券上場規程等の一部改正について (市場区分の再編に係る第一次制度改正事項)より編集
従来、マザーズにIPOした後、1年で東証一部へステップアップするというルートが簡単かつ最短ということで多くの上場企業が利用してきました。
市場再編の一環として既にこのルートは規制されており、プライム市場新規上場基準と同等(厳密には流通株式に関する考え方など一部異なる)の要件を満たす必要があります。
まとめ
市場再編に向けた取り組みについて、現市場区分からまとめました。
多くのメディアでも取り上げられているとおり、東証一部上場企業でありながらプライム市場に残れない可能性のある企業にとって、その影響はとても大きいです。
IR担当者は日々、他社事例を参考にしながら上場維持に向けた計画書のブラッシュアップに神経をすり減らしていることでしょう。
東証の市場再編は目前に迫っておりますが、市場の在り方が上場企業の在り方に大きく影響してきています。
これまでの常識に囚われず、新しい視点で自社の在り方を見つめなおしてみましょう。